あ、従業員を雇えば良いんじゃないの? それで馴れてきたら店を任せれば良いじゃん。ミリアの紹介をしてくれる人なら安心できそうだし……。
お店で手伝ってくれていたミリアを呼んで相談してみた。
「なぁ~ミリア、信用できるヤツに店を任せたいんだけど……良い人を紹介してくれないか?」
「そうですわね……これでは、ユウヤ様と落ち着いてお話も出来ませんし……」
ミリアは少し考えるように言った。彼女と話をしていると、外が騒がしくなった。
「店主は、いるか!!?」
それは、呼び声ではなく、怒鳴り声が店内に響き渡った。
うわっ、まさか初のクレームか? 傷が治らないとか? いや、そんなはずはない……。もしかして、もう偽物が出回ってるとか? それとも期限切れの品を騙されて掴まされたって話かも……?
そう思いながら店の方へ出てみると、そこには騎士風の男が5人と、いかにも偉そうな貴族風の男が1人。周囲の客たちは、その異様な雰囲気に圧倒されたのか、みんな距離をとって怯えたように様子をうかがっていた。
「何でしょうか?」
俺が尋ねると、貴族風の男が腕を組み、冷たい視線を向けてきた。
「誰の許可を得て薬を売っているんだ?」
は? 許可……何も考えてなかった……。誰に何の許可を貰えば良いんだ? 薬師ギルド? 商業ギルド? 町長? 領主? 国王?
「いえ……まだ許可は得ていません」
俺が正直に答えると、貴族風の男はニヤリと笑った。
「では、違法だな……コイツを捕らえろ!」
騎士たちが剣に手をかけ、俺に近づいてくる。1日目にして閉店か? しかし、その言葉を聞いて、必要としてくれていたお客さんがキレていた。
「ふざけるな! どうせ領主が金の匂いを嗅ぎつけたんだろ!」
「税金とか言い出したりして、薬の値上げされたら困ります!」
「まさが、薬の独占する気じゃねぇのか!?」
お客さんたちが貴族風の男に詰め寄る。その間に、不機嫌な顔をしたミリアが、懐から手紙を取り出し、偉そうなヤツに突き付けた。
また手紙か……? 色々と用意してあるなぁ……。
そのミリアの様子に、周囲にいる護衛やメイドたちは一斉に背筋を正し、視線を逸らした。 小さく息を吸ってから、ミリアはふわりとスカートを揺らしてこちらを振り向く。ほんのりと紅潮した頬には怒気が宿り、鋭い眼差しがじわりと突き刺さってくる。
「なんだこの手紙は? この私にラブレターってやつか? 言い寄ってくる女は多いが……こうも堂々と渡してくるとは、珍しいな」
偉そうな貴族風の男は、面倒くさそうに手紙を受け取り、ろくに目も通さずに懐へとしまい込んだ。ニヤニヤと含み笑いを浮かべているその横で、ミリアがムッとした表情を浮かべたまま、手紙の内容を冷静に読み上げた。
「これは、冒険者ギルドのギルマスから発行された“販売許可証”ですけれど? 見て分かりませんの?」
そのひと言に、貴族風の男は驚きの表情を浮かべた。彼の知る冒険者ギルドのギルマスは、とにかく面倒を嫌うことで有名で、そんな人物がわざわざ販売許可を出すとは思いもよらなかったのだ。
「ギルマスには、冒険者に関わる武具やアイテムの販売許可を発行する権限がありますわよね? 普段は面倒がって、普段は商業ギルドに丸投げしているようですが」
ミリアは相変わらず淡々と、けれど鋭く言葉を重ねた。
「は? 販売許可、取れてたの? ギルドの建物内だけの話かと思ってたけど……町の中でも売れるってこと? それ、すごいな」
偉そうだった男は、悔しげな顔を浮かべながら踵を返し、店を後にした。すると、それを見ていた店内の冒険者たちから小さな歓声と拍手が巻き起こった。
――ちなみに、ミリアから手渡された手紙をラブレターだと勘違いしていた彼は、どこか照れくさそうに、そしてほんの少し残念そうな様子でその場を離れていった。
「よく用意してあったな」俺は思わずミリアに感心の声を漏らした。
「ギルドに行った時に、あとで受け取れとギルマスが言っていましたけれど……?」
ミリアは首をかしげながら答える。
「ああ、そういえばそんなこと言ってたな……忙しくてすっかり忘れてたな」
「そうかと思いましたわ。それで、トラブルになる前にメイドに取りに行かせましたの」
ミリアは得意げに、小さな胸を誇らしげに張った。
「助かったよ……はぁ。開店して2日目で店が潰れるところだった」
「ユウヤ様のお役に立てて、本当にうれしいですわ♪」
ミリアの機転のおかげで、その日も無事に夕方まで販売を続けることができた。 店の皆も、クタクタになりながらも、満足そうな表情で帰路についた。
——国王からの召喚翌日……
国王からの招待状――という名の、断ることのできない“ほぼ出頭命令”のような手紙が、兵士によって届けられた。 重々しい封蝋が押されたその手紙は、見るだけで否応なく緊張感を煽る。 ……やっぱり、儲けすぎるとこうなるよな。はぁ。 確かに、ここ最近は稼ぎすぎてた自覚はある。目をつけられるかもとは思ってたけど――まさか“国王”が出てくるとはな。
……いやいや、待ってくれ。俺、薬屋やってただけなんだけど?モンスターを倒したのも、盗賊を撃退したのも、たまたま運が良かっただけで――……って、誰に言っても信じてもらえないんだよなぁ。 どうやら、俺がSSS級冒険者になってしまったのは――国王が認め、ミリアが認めたかららしい。その後、王都の冒険者ギルドのギルマスと国王が、「一応、皇帝にも報告しておこう」と連名で書状を送ったらしいんだけど――返ってきた返事は、こうだった。『娘の命の恩人で、冒険者。王国軍が数年かけて討伐できなかったモンスターを、単独で、しかも複数体討伐したんだろう?何が問題なんだ?』 ――逆に聞かれたらしい。 ということで、皇帝にも正式に認められて、俺は“SSS級冒険者”になってしまった。 ……いや、俺、薬屋なんだけど。 冒険者カードも一応持ってるけど、使う予定はまったくない。何とも呆気ない話だ。ちなみに、俺が取得したクラスより上があるらしい。“SSSS級”――四つ星の称号。ただ、これはほとんど話題にすら上がらない。実現があまりにも難しいからだという。条件は――皇帝、そして各国の王が、その者の功績を“相応しい”と認めた場合にのみ与えられる称号。 ……うん、必要ないでしょ。 名誉だけで、特に何か得られるわけでもなさそうだし。入国税?ミリアと一緒にいれば免除されるし。税金?そもそも、そこまでお金に困ってない。俺には、もうこれ以上、何かを求めるものは――たぶん、ない気がしていた。静かに暮らして、たまに誰かの役に立てて、それで十分だ。♢ミリアの提案と募る嫉妬心 リビングにいたミリアに、ふと思いついたように話しかけた。「他の町というか……国も、見てみたいんだけど」 ミリアは優雅にカップを傾けながら、静かに頷いた。「そうですわね……わたくしも、この町には少し
「さて――二人とも、今から働いてもらいますからねっ」「「はいっ!」」 元気よく返事をする二人に、俺は異次元収納の使い方を教えた。空間が歪み、吸い込まれるように物が消えていく様子に、二人は目を見張っている。売上金もその中に入れてもらうようにして、必要なときに俺が補充や確認ができるようにする。 そして――給金の話。「給料は月に一回。初めに聞いた通り、金貨一枚ずつで」 そう言った瞬間、二人はぴたりと動きを止めた。 ……ん?なんで固まってるの?安すぎた?それとも高すぎた?俺が困っていると、デューイがそっと耳元に顔を寄せてきた。「……払いすぎです。店の店員の給金ではありませんよ。それ、王国の役職持ちの給金レベルです」「……あ、そうなんだ」 でも、まあ――「役職付きだった大隊長を雇うんだから、二人はそれで良いんじゃない? その分、しっかり働いてもらうよ。店の護衛や品出しとかね」 俺はニヤッと笑ってみせた。特に理由はないけど、なんとなく言ってみたかっただけだ。女性護衛は顔を赤くしながら「……はいっ」と答え、デューイは苦笑しながら「……了解しました」と頭を下げた。 ――うん、いい感じだ。「では……有り難く頂いておきます。出来ることなら何でもやりますので、何でも言ってください」「……有難う御座います」 真剣な表情で頭を下げる女性護衛に、俺も思わず頭を下げ返した。 ――いや、でもさ。 メイドさん……話が違うんですけど……?金貨一枚って、そんなに高かったのか?こっそりミリアに聞いてみると、どうやら帝国と王国では、貨幣価値に多少の差があるらしい。 ――それ、先に説明しておいてよ。 まあ、今さら言っても仕方ないか。お金を扱う以上、信用してい
――許可証だけじゃなく、看板まで……。これがあれば、誰が見ても“王国公認”の店だと分かる。下手に絡んでくる連中も、さすがに手を引くだろう。「そうだ。他にも許可証って取った方がいいの?」俺が念のために尋ねると、デューイは即座に首を振った。「必要ありません。この店は、王国の事業として正式に認可されています。よって、商業ギルド・薬師ギルドの干渉も受けません」「……はぁ~、良かった」思わず、肩の力が抜けた。もう、面倒事は勘弁してほしい。静かに、穏やかに暮らしたいだけなのに――この数日で、俺の日常は完全にひっくり返った。薬屋として、平和に過ごしたかっただけなのに。気づけば王族になり、モンスターや盗賊に襲われ、果ては貴族と揉める始末だ。 ――あはは……辞めるタイミング、逃しちゃったかな。正直、うんざりしてた。でも、看板を手にした今――デューイや、ミリアや、あの店を頼ってくれる人たちの顔が浮かんだ。 ……続けるか。俺は、看板をそっと見つめながら、小さく息を吐いた。「よし。じゃあ、もう少しだけ頑張ってみるか」 ――そうだ。 女性護衛とデューイの話し合いの時間、ちゃんと作ってあげないと。「デューイと、今後の話し合いをしてきて良いよ」俺がそう声をかけると、女性護衛は少し気まずそうに視線を逸らし、デューイは「?」といった顔で首をかしげた。そこで、ミリアがふわりと微笑んで一言。「二人の将来の話をしてきても良いわよ」その言葉に、二人は一瞬固まったあと、顔を赤くしながら少し離れた場所に移動し、向かい合って座った。 ――うん、いい感じだ。「デューイが店に来てくれれば助かるんだけどなぁ~」俺がぽつりと呟くと、ミリアが紅茶を口にしながら首を傾げた。「そう
一通り、重傷者の治療を終えたあと、 俺は店の奥の部屋に戻って、椅子に深く腰を下ろした。 ――ふぅ……さすがに疲れたな。ようやく一息つけると思った矢先、 店の方から騒がしい声が聞こえてきた。怒鳴り声と、人々のざわめき。 外の空気が、ざわざわと波立っているのが分かる。ん?……またお貴族様か? しつこいなぁ……。面倒な予感しかしない。俺はため息をつきながら店の方へ出てみると、 案の定、貴族風の男が護衛と兵士を引き連れて騒いでいた。顔を真っ赤にして、店を指差して怒鳴っている。「おい! 商業ギルドと薬師ギルドの販売許可は取っているのか!?」 ――は?そこまでの許可は……取ってないけど? ていうか、必要なの? そんなに?俺は一瞬、言葉を失った。 ……なんだか、面倒になってきたな。別に、薬屋をやりたくて仕方なかったわけじゃない。 ただ、誰かの役に立てるならって思って始めただけで――俺は、楽しく暮らしたいだけなんだよ。金なら、もう結構貯まった。 この店ごと、国王――義理の父親に買い取ってもらえば、 現金収入も得られるし、バカ貴族に絡まれることもなくなる。 ――それも、悪くないかもな。こいつのお陰で決心がつきそうだわ。俺は、静かに視線を貴族の男に向けた。その目は、怒りというより―― ただ、うんざりしていた。「あ、許可は取ってないですね」俺が正直に答えると、貴族風の男はニヤリと口元を歪めた。「ほぉ~、取っていないのか。では――違法だな。……コイツを捕らえろ」男が護衛兵に指示を出すと、兵士たちがじりじりと俺に近づいてくる。 ――はぁ、やっ
しばしの静寂のあと、ミリアがそっと紅茶を口に運び、 俺も、冷めかけたカップを手に取った。 ――さて。そろそろ、店に向かう時間か。気持ちを切り替えるように、俺はゆっくりと立ち上がった。「じゃあ、俺はそろそろ行ってくるよ。 今日から本格的に動き出すし、準備もあるからね」そう言いかけたところで――「わたくしも、ご一緒いたしますわ」ミリアが、当然のように立ち上がった。「えっ? ミリアも来るの?」「はい。ユウヤ様のお店がどのように始まるのか、 この目で見届けたいのですわ。 それに……わたくしも、少しはお役に立ちたいですもの」そう言って微笑むミリアは、すでに外出用のドレスに着替えていた。 ――完全に、行く気満々だったらしい。「……そっか。じゃあ、一緒に行こうか」「はいっ♪」ミリアは嬉しそうに頷き、俺の隣にぴたりと並んだ。こうして、俺とミリアは並んで屋敷を出た。 新しい一日が、静かに、でも確かに動き出していた。病院との軋轢と貴族の乱入朝食を早めに食べて早めにお店に向かうと……うわぁ……。店の前には、昨日から並んでいたらしい人たちがずらりと列を作っていた。 先頭の方なんて、地面に寝転がって順番を待ってるし。 列は通りの角を曲がって、さらに奥まで続いている。中には、明らかに負傷している人もいた。 足を引きずっている者、顔色の悪い者、包帯を巻いたままの者―― 中には、立っているのがやっとという重傷者までいる。 ――一日だけ休んだだけで、これかよ……。俺は、思わず頭を抱えた。ここは病院じゃないぞ? 薬屋なんだけど……。「ミリア、病院は…
……ん?ふと、思った。“相手を思いやる心”――それって、メイドさんの方じゃないか?俺が何も言わなくても、察して動いてくれて、 気を配って、空気を読んで、完璧に仕事をこなしてくれる。 ――それ、日本人の美徳そのものじゃん。 ……仲良くなれそうな気がする。 いや、なれ―― ……いや、ダメだな。仲良くしてたら、ミリアに怒られそうだ。あの子、笑顔で「ユウヤ様、最近メイドと仲がよろしいですわね♡」とか言いながら、 内心でバチバチに嫉妬してそうだし。 ――うん、やめとこう。 俺の平穏のためにも。「今日のご予定は?」ミリアが紅茶を一口飲みながら尋ねてきた。「お店に行かないと不味いよね。昨日は休みにしちゃったし」「そうでしたね……」ミリアは少し疲れた表情を浮かべながら、メイドを呼んだ。 王都との往復や、連日の緊張のせいか、少し疲れが出ているようだった。「従業員の方の用意は出来ているのですか?」「はい。勿論でございます」メイドは即座に答えた。「え? もう?」俺は思わず声を上げた。 こんなにも早く手配が完了しているとは思っていなかった。「従業員は、国王陛下のご紹介と、わたくしの使用人の中から選びましたの。 優秀で、信用できる方々ばかりですわ」ミリアは自信満々に微笑んだ。 ――さすが、抜かりないな。でも、ふと思い出した顔があった。 昨日、怪我をした女性護衛――あの人、少し無理してたように見えた。「それなんだけどさ。 女性の護衛の人、店の従業員になりたいと思ってないかな?」俺がそう尋ねると、ミリアは少し意外そうに目を瞬かせた。「さぁ~、どうでしょうか。&he